こんなんだったっけ日記

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左弾きベース道中 (3)

 前項で記したように、アルバート・キング式で練習してそこそこ慣れてきたら本格的に練習するためにちゃんとした左用のベースを買おう、と考えていたわけであるが、逆にアルバート・キング式で慣れてしまったら左用のベースに切り替えた時にまた面倒なのではないか・・・と考えるようになった。切り替えるなら慣れる前に・・・ま、要するにベースが買いたくなったのである。これが練習10日目くらいのこと。まだ両手とも全然動かない状態である。初日に較べれば幾らかはマシになったとは言え、確かにまだ「慣れていない」。
 さて買うとなれば「いくら(値段)くらいのものを買うか」「どのモデルを買うか」ということの検討が必要である。
 値段は、練習用である上に挫折の可能性を濃厚に秘めているのだから高いものを買うわけにはいかない。なるべく安いものがよい。5万円以下、なるべくなら3万円台が望ましい。
 そしてモデルであるが、「どんな楽器を買うか」をあれこれ考えることほど楽しいことはない。僕は比較的買い物嫌いの方と思うが、それでもこと楽器に関してはカタログを眺めているだけで飽きない。そう言えば最近は楽器屋でも冊子体のカタログをあまり見ませんね。僕がギターを始めた頃は、インターネットがまだそれほど普及していなかったということもあってか、楽器屋には色んなメーカーのカタログが置いてあった。特にフェルナンデスなんか上等なカタログを出していて、見ていて楽しかったものだ。
 閑話休題。とにかくギターの品定めをするのは楽しいもので、例えば今5万円でエレキギターを一本買ってもいいと言われたら、何にしたろーかいのーとウキウキしようものだが、今回は「左用のベース」しかも1本目、という制約、というか状況がある。そうするともう選択肢がない。
 ヘフナーである。
 もちろんポールが使っていた500-1なんか買えるわけがない。廉価版、その中でも特に安いインドネシア製のIginition Bassというのがあって(要するにもう500-1の名前ですらないのだが、それでもヘフナーである)、コレしかない。これでもインターネットで見ると45000円くらいらしい。
 ここでまた余談になるのだけれど、今ヘフナーのサイトを見ると、所謂「ビートル・ベース」の中で一番安いこのIginition Bassが5万円弱、その次に安い中国製のHCTシリーズというやつが10万円弱、そして本場ドイツ製のが36万円。この他、60年代当時の仕様を再現したという諸々の記念モデルだと40万円以上したようである。
 高いよな、と率直に思う。というのも、そもそもポールがベースを購入するにあたってヘフナーを選んだのはフェンダーなどより随分安かったから、という有名な話があるからである。その安かった当時のものを再現したものが40万円、というのは・・・勿論、当時なら容易に手に入った材料が今では稀少、というようなこともあろうから単純には測れないものの、どうにも「ビートルズ成金」という言葉がフッと頭をかすめるのである。
 ところでウィキペディアに拠ると、タイガースの岸部修三はヘフナー500-1を1966年に6万1000円で購入したのだという。で、これは手元に資料がないのでうろ覚えの知識になるのだが、charが子供の時にフェンダーのギターが20万円くらいで売っていたとインタビューで語っていた記憶がある。
 翻って今のギターの値段はどうか。ここでも敢えて歴史資料を持ち出すと、椎名林檎の名曲「丸の内サディスティック」にこんな歌詞がある。
  リッケン620頂戴 19万も持ってない お茶の水
 これは1999年発表の曲だから、90年代後半にリッケンバッカー620は19万円程度であった、ということが判る。2013年も大体そんなもんだろう(今ネットで検索をかけてみると、お茶の水石橋楽器で18万9000円だった。ドンピシャと言って良いだろう)。
 要するに、少なくとも日本では、楽器の値段というのは60年代と今とで大して変わっていないのである。そうしてみるとやはり、当時6万円だったものが今は40万円というのは首を傾げたくなる。傾げたところでどうなるものでもないのだが。
 ところでヘフナー・ベースについては日本にもマニアが多くて、幾つかの専門ウェブサイトが開設されており、大変勉強になるのだが、そうしたサイトの記述を見るとどうも「ポールのドンピシャモデル」というのは出されたことがないようなのですね。上で「60年代当時の仕様を再現した」モデルという表現をしたが、そのように銘打たれたモデルでもマニアの目からすると結構違っているらしい。
 どうしてドンピシャモデルを出さないのか。それを出してしまうと「次」がなくなってしまうからなのか、単にドンピシャに価値を見いださないのがドイツ人気質なのか(とは言っても需要がたんまりあるでしょうに)、これもまた首を傾げたくなる点である。
 ま、そんなことはIginition Bassしか選択肢がない僕には当面関係のないことではある。
 続いての問題はこのベースをどこで入手するかということであるが、これについてはお茶の水にある左用ギター専門として有名な某楽器店で購入するつもりでいた。そして実際その楽器店に行って楽器に触らせてもらったのであるが・・・何というか、子供っぽいことを言うようだが、思いの外店員さんが冷たくて楽しからぬ思いをさせられた。左利きというのも一種のマイノリティーであるから、こちらとしては何となく「同類に対するアットホームなムード」を予想していたわけだが、今まで右弾きをしていたのを左弾きにしようと思うのだということを話しても全くの無反応。楽器について質問すると、丁寧に答えてはくれるのだが、答えるだけ。要するに客に感心がないという態度だった。
 そりゃまあ「客に媚びない」というのも一つの商売の在り方ではあろう。しかしだね、こっちとしては、左弾きに転向して且つヘフナーのベースを試奏したいというのだから「あーやっぱりポールが好きなら左で弾かないとね!」とか言ってほしいし、このIginition Bassというのは本場ヘフナー500-1に対してどのような性格の違いがあるのかとか、そういうことを聞かせてもらいたいものだが、一切無い。ビートルズのビの字も出ない。
 また、僕自身は全然弾けないということで店員さんに弾いてもらったのだが、もし僕が「左弾きに転向しようとしていて且つヘフナーを欲しがっている青年に試奏を頼まれた店員」だとしたら、(たとえそのベースに張ってあるのがラウンドワウンド弦だったとしても)「デイ・トリッパー」や「レディ・マドンナ」なんかを披露してみせたであろう。それがサービス業というものではないか? しかし実際の店員さんはそんなことはしてくれなかった。ピック弾きすらしなかった。憧れの楽器を目の前にしてじょぼじょぼと水を差された気分であった。
 それでも、目の前に実物があるということで気がせいたのか、一旦は注文をしたのであった。45000円くらいだった。

 ところでこのお店では、Igintion Bassの他にもう一本触らせてもらった(この時点で全然弾けなかったので、文字通り触る程度しかできなかったわけだが)。それはモノグラムという日本のメーカーの、リッケンバッカー4001Sのコピーモデル。上手い具合にポールがリッケン社から譲り受けた元々の色であるファイア・グロー(丸山隆平が「イエローパンジーストリート」のPVで弾いていた色でもある)と、ウイングス時代のナチュラルとが置いてあった(ジェット・グローのもあったと思う)。それぞれ6万5000円くらいであったか。
 実は、音としてはIginition Bassよりもこちらの方が「お、良いな!」と思った。重く響く感じがしたと言おうか。それでもIginition Bassの方を選んだのは、単純にこちらの方が安かったからとか、ショートスケールなので初等の練習に適しているだろうとか、小さく軽いので持ち回しに便利だとかの理由もあったが、それよりも、ビジュアル的にリッケンよりもヘフナーに心惹かれたこと(あの感覚はやはり「憧れ」と言う外あるまい)と、モノグラムの方はやはりリッケンバッカーではない(サウンドのことは僕には判らないが、見た目の上でも、ちょうど隣にあったホンモノの4001Sと較べると細かなところが色々と違っていた)ので、どうせなら上手くなってからホンモノを買ってやろうと思えた、という2点が大きいようだ。

 さてさて、その場で注文をして店を出たものの、心は既に他店での再購入を考えていた。これは一つには上述のように、その楽器店でちょっと不愉快な思いをしたせいも多分にあるが、それともう一つ、中古で買えばもっと安く手に入るということに気付いたためであった。
 手始めにお茶の水の他の店を幾つも回ってみたところ、ある店で中古28000円という好条件の一本を見つけた(おそらくIginition Bassだったのであろうが、ノブはIginitionの黒い奴ではなくポールと同じティーカップ型だった)のであるが、どうも色合いが明るすぎるように思えて手を出しかねた。
 結局家に帰ってインターネットで調べてみたところ、新宿のロックインに中古で32800円で置いてあるということで、次の日に地下鉄で赴き、その場で購入したのであった。
 前日に注文を入れた某楽器店にはこの日にキャンセルのメールを送った。そうすると丁寧な了承の返信メールがあった。店が持っているブログを見ても親切な印象を受けるし、あの日はたまたま店員さんの機嫌が悪かったのであろうか。それとも単に僕の方が不愉快な客であったか。
 まあそれはそれとして、かくして僕は左用のベースを手に入れたのである。1月13日であった。