こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

続・夢の人

 先日、ポール・マッカートニーにサインを貰った、という夢を見た、ということを書いたが、同じ日の夢にムッシュかまやつも出てきていた。そのムッシュにサインを貰った。こちらは夢ではない。


 その夢というのが実は縁起でもなくって、「ムッシュは上半身がもう殆ど動かない」みたいな話を人から聞く、というような内容であったとおぼろげながら記憶する。目覚めてちょっと考え込んでしまった。夢に「お告げ」を感じるような性格では全くないのだが、思えばムッシュも今年で75歳。ポールよりも年長なのだ。つい先日に訃報があった安西水丸(本当に残念でなりません)は71歳だったし、大滝詠一は享年65歳だった。ムッシュも、よもや亡くならないまでも、体調を崩して表舞台を去るということがいつあっても不思議ではないのだ。
 それが3月27日。早速ムッシュのライヴ・スケジュールを公式サイトで見てみると、折しも翌日の28日に下北沢GARDEN(去年椎名慶治を観に行った)で「Life Is Groove」としてライヴを演るという。
 このLife Is Grooveという集団、母体はKenKen、ムッシュ山岸竜之介の3人で、それにドラムなどサポートやゲストを入れて活動しているらしい。KenKenが若きギタリスト(4月で中学3年生になるそうだ)の山岸君とムッシュを引き合わせたという話は去年のベーマガで読んで知っていた。歳の差は60である。先日「加山雄三、最大年齢差47歳のロックバンド結成」というのがヤフー・ニュースのトップに出ていたが、単純に年齢差のことで言えばこのLife Is Grooveの方がずっとスゴい。
 スゴいのは良いのだが、僕としてはそういう若さギンギンのライヴよりも、リラックスしたムードで、ムッシュがひたすら歌うというのが観たかったので、実はこのライヴについては以前から知っていたが、敢て手を付けていなかったのだ。しかし上記の夢のせいで「観られる内に観とかなきゃ」と逸る気持ちがあり、ローソンでチケットを入手した。オールスタンディングなので、チケットに整理番号が付いている。ライヴ前日に取ったチケットということで、500番台とかを予想していたのだが、なんと30番台だった。どういうこっちゃ。
 チケットを取った後で、YouTubeで検索してみると、つい先日出演したばかりの『Artist』というテレビ番組の内容がアップロードされていた。それを観て「これはいいバンドだぞ!」と思った。「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を演っているのだが、まず演奏がめちゃグルーヴィーだ(サンダーバードのKenKenカッコイイ!)。ムッシュの歌唱も文句なしだし、KenKenが歌うパートもかなり優れている。山岸も、ステージ馴れしていることもあって全然「中学生」という感じではなく、一ギタリストとして違和感がない。これはチケット取って正解だったと思った。


 さて翌日、下北沢GARDEN。番号が番号なので真ん前まで行けてしまう。前2列目。ステージには既に各人の楽器が置いてある。ドラムはステージ後方ではなく、下手にギターなどと大凡並ぶように置いてある。下手にドラムとギター(山岸)、中央にベース、上手にギター(ムッシュ)。ステージ後方にはパーカッションとホーン(トランペットとサックス各1本)が構えている、という構成。
 ムッシュの楽器はお馴染みの黒いスタインバーガーで、ローランドのアンプに白いカールコードで繋いである。山岸とKenKenのところにはエフェクター・ボードがあり色々と積んであるが、ムッシュのところには白いコンパクト・エフェクターが一つだけ、アンプの上に載っけてあった。あれはチューナーだったのだろうか。なおアンプの上にはどういうワケだかスタインバーガーのものらしきソフトケースも置いてあった。ギターには黄色い三角形(オニギリではない)のピックが挟んである。ストラップは小さいピンナップ・ガールが幾つか描かれたもの。まあこういったことが観察できるくらいの位置に陣取っていたということです。距離は3メートル程度であったか。スタインバーガー、欲しくなりました。
 18時開場、19時開演。いつも、この1時間を持て余すのだ。たまたまこの日に届いた、通販で買った林望の新書を持ってきていたのだが、どうも思ったほど面白くなく閉口していたら、なんと客席の脇に山高帽姿を被ったKenKenが現れてDJを始めた。このDJは1部と2部の間にもやっていたけど、知っている曲は殆どなかったなあ。レッチリの「Scar Tissue」を誰かがカバーしてたのと、あとは荒井由実の「アフリカへ行きたい」くらいだな、判ったのは。


 19時過ぎにメンバー登場。僕は当然ムッシュに釘付けだ。お馴染みのニット帽(エルメスらしい)を被り、F1レーサーのような赤と銀のKappaのツナギを着ていた。これは先述の『Artist』出演時と同じ装いであったと思う。ステージ衣装なのだろうか。
 オープニングはジェフ・ベックでお馴染み「Going Down」のようなリフを持つ、セッションっぽい曲だった。各人がソロを取る中で、ムッシュもソロの機会を与えられていたが、ううむ、よく判らん感じだった。
 全体的にムッシュは危なっかしい感じで、足下のセットリストを、曲が始まっているのになおずっと見ておられた。普通曲が始まったらもう判るだろ・・・と思うのだが、まあ複雑な曲が多いので、そうでもなかったのかも知れない。なおサポートはSOIL & "PIMP" SESSIONSのみどりん(ドラム)、スティーヴ・エトウ(パーカッション)、SOIL & "PIMP" SESSIONSのタブゾンビ(トランペット)、田中邦和(サックス)。この他にゲストも色々出て来たのだが、名前が憶えられなかったので省略。
 ただ名前をバッチリ知っていたのが金子マリ。バックス・バニーのライヴ盤は好きだし、そもそも僕にとって下北沢でまず連想するのが「下北沢のジャニス」こと金子マリさんなのだから、このゲスト出演は大変に興奮させられるものなのだが、いかんせんタイミングが不味かった。折角ムッシュが歌おうという「ゴロワーズ」、ムッシュは自分が歌うところを全部マリ姐さんに譲ってしまったのである。これには非常にがっかりした。だって僕はムッシュが「ゴロワーズという煙草を吸ったことがあるかい」と歌うのを聴くためだけにこの日ここにやって来たようなもんだったのだからね。譲っちゃうんだもんなあ。


 ここでちょっとムッシュ以外の話を。オープニングの次の曲はJBの「Sex Machine」だった。その後で山岸ボーカルで「Purple Haze」を、次いでKenKenが「俺が一番好きなジミヘンの曲を演ってよ」と促し、始まったリフは「Killing Floor」のようだったが、曲は「Stone Free」だった。何だかんだで結構知っている曲が多かった気がするな。
 KenKenを見たのも初めて。客層は6,7割が女性で、多分KenKen目当ての人たちなのだろう(ムッシュ目当てだったのは僕以外に何人いただろうか)。彼については、キャラクターは割と好きではあったが(インタビューなども結構面白い)、プレイについてはそれほどは惹かれないという印象であった。でも実際に目の前で観てみると、やはりかなり面白かったです。4弦にドロップDチューナーが付いた、アトリエZのナチュラルのジャズベを弾いていたが、格好良かった。でもスラップをひたすらやっている時よりも、歌モノの伴奏で、指弾き主体で時折スラップを入れるプレイの時の方が僕には魅力的に感じられた。指弾きも凄くタイトで、ちゃんとベースがリズムを作っていました。ああいうのを見るとやはり「上手いな!」と思う。あ、あと「やっぱり(顔が)お父さんに似ているなあ」と初めて思った。
 カナダなどで活躍しているという水野比呂志さんという若いベーシストと2人でセッションをする場面があったのだが、これは正にバカテクの応酬という感じで、まあ「普段見られないモノが見られた」という意味では大いに楽しめたのだが、僕の中の「格好良いベース」には全然当てはまらないものだったので、なんか価値観の違いみたいなものを改めて感じた(僕が偏狭なだけだという説もあるが)。
 因みに僕の中の「格好良いベース」とはこういうものです。演奏はムッシュ本人。


 さてムッシュに話を戻す。その後、歌うこともなく、かと言って、上記のメンツなもんで非常にテクニカルな演奏が繰り広げられる中、それにきちんと参入できているようにもあまり見えず(ギターの音も全然聞こえなかった)、僕は完全に諦めムードに入っていた。まあ、今日はこの異常に密度の高いファンキーな演奏が聴けたので満足しよう。ムッシュを「聴く」のはまた今度、Life IS Grooveではない別のライヴに期待しよう。そもそもジョン・レノンも「俺たちを観たきゃコンサートに来ればいいし、音楽が聴きたきゃレコードを聴けばいい」って言ってたし、こんな近くで姿が見られたのだからそれで充分か・・・などと考えていたのである。
 ところが奇蹟は起こった。本編最後の曲は「(I Can't Get No) Satisfaction」で、全編ムッシュが歌ったのである。これが良かった。まさしく面目躍如という感じ。あの深い歌声がバッチシ聴けて、本当に嬉しかった。この曲が終わってメンバーがハケる際に、喜びのあまり両手を振りながら「ムッシュ!」と叫んだら、ステージ袖に入り際にムッシュは僕を見て(と、僕は思った)ダブル・ピースをしてくれた。
 もうここで完全に満足してしまった、のであるが、オマケがあった。アンコールが「バン・バン・バン」だったのである。イントロではムッシュのヘンテコカッコイイギターも聴けた。再び金子マリが出て来て、更に彼女はcharaまで連れ出してきたのだが(そう言えばKenKenは彼女とも一緒に演っていたのだった)、歌っていたのは専らムッシュ。曲が一旦終わってもまたイントロのギターのフレーズを弾き出して、急遽(?)もう1コーラスやっていて、楽しんでいるようだった。これで幸せに終了。


 しかしながらオマケはもう一つあった。家を出る際、「ひょっとしたらサインが貰えるチャンスがあるかも」と思い、カバンに『ムッシュ!』(自伝)とサインペンを入れておいた。たまたま、ドリンク・バーの傍らが楽屋の入り口であった。終演が21時半頃だったのだが、「21時45分まで待とう」と思って、楽屋口に控えていた。ドリンク・バーに飲み物を取りに来るんじゃないかと思って。入り口からはKenKenやら金子マリやら山岸竜之介やらcharaやらが次々と出て来たのだが、彼らには目もくれず(うそ。目は多少くれた)、扉が開く度に少し見えるムッシュの姿を目で追った。
 すると、どうもある時点で、ムッシュが気付いてくれたらしい。異様に熱の籠もった視線を自分に向ける若い男がいることを。彼自身が扉を開けてくれたので、そこで自伝にサインを貰い、二言三言喋り、握手をしてもらうことができたのである。
 しかしロクに喋れなかったなあ。最初のソロ・アルバムが大好きだとか、「ゴロワーズ」は今度はムッシュ本人が歌って下さいとか、ムッシュが歌う「中央フリーウェイ」が大好きなので今度歌って下さいとか・・・。肝心の「サティスファクション」最高でした、は言えなかった気がする。今後も頑張って下さい応援しています、とかな。色々惜しまれるところはあるが、まあ仕方ない。
 握手してもらった時も半分上の空だった。もっとしっかり握っておけば良かったよ。小さくて、柔らかくて、暖かい手でした。
 ちょっと喋っただけだけれども、気さくな人柄が伝わってきた。本格的に惚れました。

ムッシュ!

ムッシュ!