こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

Monsieur!!

 このひと月ほど、かまやつひろしの最初のソロ・アルバム『ムッシュー(かまやつひろしの世界)』をよく聴いている。これは本当に良いアルバムで、今年聴いた作品の中でトップ3には入りそうである。スパイダース解散の頃、1970年の作品。
 そもそも、かまやつひろしという人は、我々の(というのは、まあスパイダースが解散して10年以上後に生まれた)世代にとっては、長髪茶髪のへんなじいさんというイメージが一般的なのではないかと思う。私の場合だと、日本の昔のロック・ポップス(歌謡曲や所謂ニュー・ミュージックを含む)を積極的に探り出すのが高校3年〜大学生くらいの頃で、それ以前は日本の音楽、殊に歌謡曲というのはバカにしきっていた。
 1970年代とかの日本の音楽で僕が最初に飛び付いたのはユーミンで、特に荒井由実時代の楽曲が傑作ばかりだというので熱心に聴いていた。その頃であったろうか、70年代のテレビ番組での、ユーミンキャラメル・ママをバックに従えて歌う映像をYouTubeで見つけたのだが、その中で、僕が特に好きな曲である「中央フリーウェイ」でユーミンに替ってメインボーカルをとっていたのがムッシュであった。

普通なら「ユーミンに歌わせろや」と思うところだが、どっこいこれが非常に素晴らしかったのだ。僕はこの曲の「右に見える競馬場 左はビール工場」というところが大好きで、ユーミンのバージョンだと、こういう何気ない描写の歌詞がすっと沁み込んでくるのだが、ムッシュのバージョンは、歌詞なんかどうでもよくて「声」がすっと沁み込んでくる。上手いというのではないが(それを言えばまあユーミンだって上手くはない)、何とものどやかな魅力がある。
 この映像でムッシュに対するイメージがいきなりぐいーんと上がったのだが、同じ頃(と思う)に「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を、これまたYouTubeで偶然見て、歌い出しを耳にしてぶったまげた。叫ぶだけがロックではないということはとっくに判っていたが、この低音の呟きにはヤラれた。歌詞の世界観にもヤラれた。これはジャンル的にはファンクになるのかも知れないが(オリジナルのバック演奏はなんとタワー・オブ・パワー)、歌唱によってロックとしか言いようのないものになっていると思う。これB面曲なんですね。しかも「我が良き友よ」の…(これはこれでまあ、良いのだが)。
 そんなわけで、5,6年前には「ムッシュ凄い!」という評価になっていた筈なのだが、結局そこから何を聴いていいのかよく判らなかったのか、ちゃんと聴きこむことはなかった。
 それが最近、サリーのベースが素晴らしいというのでタイガースを色々聴いている内に、じゃあスパイダースも聴いておきたいよな、ということで少しYouTubeで探していると(何でもかんでもYouTubeだねしかし)、まず「なんとなくなんとなく」(最近のライブ映像。これひょっとしてベスト・テイクではあるまいか)に行き当たり、はあ〜なんと良い曲だろうかと思い、続いて行き当たったのが「ノー・ノー・ボーイ」。これがまた衝撃だった。
 よくある感じの曲…とは知人の評であるが、確かにそう言われるとそうなのだが、しかしどうしても所謂ワン・オブ・ゼムには聞こえない。例えば「イエスタデイ」が特別なのと同様に、この曲も他には代え難い魅力がある、と私には感じられる。独特の温かみと言うんでしょうか。なお、元々スパイダースのナンバーであるそうだが、このソロのバージョンが格別だと思う。
 それで、この曲が入っている『ムッシュー(かまやつひろしの世界)』、近所の図書館に置いてあるというので借りて聴いてみたところ、大当たりだった。全英詞でロック色が濃い「ペイパー・アシュトレー」と「ミスター・タックス」がそれぞれ最初と最後に置かれている点にちょっとコンセプト・アルバム的な雰囲気が感じられて良いが、その間の9曲も粒揃いである。どれも良いが、特にA面の「七階の窓」〜「ノー・ノー・ボーイ」〜「ソー・ロング・サチオ」〜「僕のハートはダン!ダン!」という流れは素晴らしい。
 ロックともフォークとも歌謡曲とも言える雑然とした音楽性が独特で、しかしアルバム全体のテイストは一定している。
 一定している大きな要因は、これが多重録音によって基本的にムッシュ一人による演奏であることであって、そう言えばポール・マッカートニーの『マッカートニー』と似た雰囲気がある(しかも『マッカートニー』より早いらしい)。実は「ノー・ノー・ボーイ」を聴いた時に、曲だけでなくてベースギターも凄く良いなと思って、特にテクニカルなわけでも歌心に満ちているというのでもないのだが、妙にひっかかるベースラインで、しかも音がでかい。調べてみるとワンマン録音だというから、このベースもムッシュなのか? …どうもそうらしい。アルバムの他の曲だと、「ソー・ロング・サチオ」「ミスター・タックス」なんて異常なほどベースの音がでかい。素晴らしい。「僕のハートはダン!ダン!」「ムッシュー・アンド・タロー」のベースも(でかくて)良い。そんなに複雑ではないがしっかり動いてメロディアスなベースライン。ルート弾き一本はつまらんと思いつつも、バカテクベースには辟易する私の感性にとっては理想的と言っても良い。
 ついでながらドラムも良い。特に「七階の窓」の入りなんて、聞く度に痺れる。こういうサウンドのドラムって、ロックでは70年代の内に消滅してしまったような気がするのだけれど、どうしてなのだろう。
 ところで、このアルバムには元々「豚ごろしの歌」という曲が最後から2番目に入っていたのだが、歌詞(作詞はショーケン)が職業差別だというので再発のCDではカットされている。インターネット上にアップロードされているので(やれやれ)聴いてみたところ、まあどうってことない曲だから別になくてもいいかなとも思わないではないが、やっぱり元々の形を尊重して入れておいて欲しかった。「ロンリーマン」から「ミスター・タックス」なのか、間に「豚ごろしの歌」を挟むのかでは、流れがだいぶ違うからね。最初のCD化の時には収録されたそうだが、今アマゾンでは送料込みで4000円ほどする。出せない額ではないが、その内また完全版が再発されるんじゃないかと思うと手を出しかねる。(補記:この文章を書いた翌日に、実家の近所の図書館でカットなしのCDを見つけた。最近で一番のラッキー)


 なお、そのカットの代わりなのか何なのか、このアルバムの再発CDにはボーナストラックも入っていて、ソロ・シングルの「どうにかなるさ」(これも名曲)以外は全てスパイダースの曲のようである。この中では「なればいい」が抜群に良い。昭ちゃんのドラムが男らしい。「バン・バン・バン」は有名すぎてちょっと「真面目に聞く気になれない」という感じがしてしまうが、こうして真面目に聞いてみると、やはり格好良いです。「落ちる涙」もいいな。「愛しておくれ」も超格好良いが、これはスペンサー・デイヴィス・グループのカバー(Gimme Some Lovin')。でもコレ、オリジナルはちょっとソウルのような、レイ・チャールズとかオーティス・レディングっぽい雰囲気なのですが(これもズンズン来て格好良い)、スパイダースはこれを完全にハードロックにリアレンジしている。イントロがツェッペリンの「コミュニケイション・ブレイクダウン」みたいなってるしな。これ何年? …え、67年!? まじかよ。
 スパイダースについてはもっと色々聴いた上できちんと書きたい。

ムッシュー / かまやつひろしの世界

ムッシュー / かまやつひろしの世界