「チャン・ギハと顔たち」来日公演に行ってきた(3)
(2)からの続き。
「나와의 채팅」「ㅋ」のあとでまたチャン・ギハが日本語でMC。これまでのアルバムでは東京でマスタリングをすることがあって、レコーディングも少しやったことがあるという話から、「中村さん(エンジニアの中村宗一郎氏)に拍手!」と。長谷川氏曰く「今日のライブでもだいぶお世話になった」とのこと。ここら辺から、会場内のオタク的なファンは「ははーん」と察していたと思うが、そこからMCはメロトロンの話になった。『mono』のブックレットに、「나와의 채팅」ともう1曲で使用したメロトロンの録音は中村宗一郎が行ったとクレジットされていたから、そのもう1曲をこれから演るのだろう、というわけだ。
メロトロンというのは、あれは何なのだろう、おそらく原始的なシンセサイザーということかと思うが、この楽器を使うと一発で"クリムゾン・キングの宮殿"に入り込める便利(?)なシロモノなのだが、扱いが非常に面倒なものらしく、故に「本物の(アナログの)メロトロンを使った!」なんていうと割と自慢になるというか、そういうもののようである。勿論そんなものを会場に持ち込めるわけがなく、「今日はデジタルでやります」ということで、メロトロンのフレーズはチョン・ジュンヨプがマックに取り込んだ音源で演奏していたが、それがこの曲。
08. 아무도 필요없다(5)
美しい曲だ。間奏と終奏でソロを取っている、儚げな音色の楽器がメロトロンである。ノスタルジックな雰囲気を出すのに貢献しているのがお分かり頂けると思う。
ところで上記のMC中、イ・ミンギはアコースティック・ギターに持ち替えていた。「あれ、「아무도 필요없다」にはアコギ使わないはずだけど」と思いながら見ていたのだが、それはこの次の曲のためだったのだ。
09. 그 때 그 노래(2)
イントロを聴いて驚いた。この曲もやってくれるとは。「마냥 걷는다」と「그 때 그 노래」とは、第2集の後半に連続する2曲で、演ってほしいけどどっちも演らないだろうなと思っていた。だから両方演ってくれたのはまさに驚きであった。これも静かで美しい曲だ。私は、この曲の間奏の、音数の少ないピアノ・ソロが大好きなのだ。こんなに美しい旋律はなかなか無いと思う(上記動画でのソロも名演!)。生で聴けて嬉しかった。
10. 별거 아니라고(5)
続いてもバラード。最後のアルバムの最後を飾る曲である。ただドラムはちょっとバスドラを強く踏みすぎているように感じたが・・・。
それはそうと、この曲自体も素晴らしいのだが、それに加えて美しいなあと思ったのは、さっき演奏した「그 때 그 노래」に「오래된 예배당(古い礼拝堂)」というフレーズが出て来るのだけれど、そのイメージがこの曲の演奏中にも引き続いていて、古い礼拝堂で静かで綺麗な曲の演奏を聴いているというイメージに浸ることができたことだ。こういうのはライブ(それも、比較的小規模会場でのライブ)ならではの楽しみと思う。
(つづく)
「チャン・ギハと顔たち」来日公演に行ってきた(2)
(1)からの続き。
改めて冒頭から振り返ってみる。
01. 마냥 걷는다(2)
02. 나 혼자(5)
03. 나란히 나란히(5)
メンバーは、ロックのライブのオープニングという感じではなく静かに入ってきたのだが(SEも消えていたと思う)、それもそのはず、なんと1曲目が「마냥 걷는다」。
[온스테이지 플러스] 20. 장기하와 얼굴들 - 마냥 걷는다
これにはフロアにいた誰もがハッとさせられただろう。この曲は、前の記事で「観てみたい」と挙げたものだが、まさか本当に観られるとは思わなかった。それもオープニング曲として!
テレビ用のライブで「그러게 왜 그랬어」から始まるものを見たことがあるが(https://www.youtube.com/watch?v=fgA5xacNI9U&t=1280s)、それに通じる趣向だ。彼ららしい「ひねり」と言えるだろう。
この曲の聞き所は全体を通底するシリアスなムードと(まさしく冬の道を一人歩いてゆく感じがする)、幾重にも重なる緩急のコントラストだろう。特に、1番の終わりで華やかなアレンジになり2番に連なるのが、「마냥 걷는다」というところで再び厳しいムードに戻るところ、そしてそこからの長い繰り返しとクレッシェンド。孤独の苦しみと内に秘めた強さとを体現化したようで、いつ聴いても震えが来るが、これを生で観られたのは嬉しかった。これだけで「来た甲斐あった!」と感じた。
次は最新作からの「나 혼자」。
『mono』からまずこれを演るというのはちょっと意外。これはベースが気持ち良いので専らベースを見ていた。『mono』の曲はどの曲もベースを少しだけ練習したことがあったので(と言ってもベースが入っていない曲が2曲あるが)、馴染みのあるフレーズを本人が弾くのを見るのは楽しいものだ。チョン・ジュンヨプの優男っぽい風采が私は好きだ。腕の刺青はイカツイけど、指板の上を流れる指は長く美しい。
次も最新作から、名曲「나란히 나란히」。
BEAKER X 장기하와 얼굴들 "나란히 나란히" Live Video
上記動画ではシンセドラムを叩いているようだけど、ライブではいわゆる普通のドラムを叩いていて、楽器がしっかり鳴っている感じが個人的には嬉しかった。
これもコーラスが良い。
3曲を終えて最初のMC。担当は勿論チャン・ギハである。日本語を交えて話してくれるのは有難い。「この10年で日本語がちょっと上達したので、今回は準備してこなかった」(原稿を用意せずにその場で考えて話すということだろう)と言っていたのが頼もしかった。尤も、言葉に詰まったり大事なところなんかは「日本の方(かた)」こと長谷川陽平の通訳の力を借りていたが。
「前作(第4集)は難しい曲が多かったですが、新作はヤサイ...ヤスイ...(会場からの指摘を受けて)ヤサシイ曲が多いので、一緒に歌いましょう」とのことで演奏されたのが次の2曲。
04. 거절할 거야(5)
[MV] 장기하와 얼굴들 (Kiha & The Faces) _ 거절할 거야 (I’ll Say No)
05. 등산은 왜 할까(5)
등산은 왜 할까 What’s The Point of Climbing A Mountain?
ところでeasyのことをヤスイというのは、私の知り合いの(日本語を習い始めて比較的間もない)韓国人も言っていたので気になった。何か韓国語からの干渉とかの要因があるのかな。そもそも、easyに当たる最も普通の表現は「簡単だ」だと思う。確かに「易しい」でも良いのだけど。
それはそうと、『mono』の曲って、演奏はシンプルでも歌は「易しく」ないよな。「그건 니 생각이고」や「나 혼자」「거절할 거야」なんかは相当早口のところがあるし。「거절할 거야」はタイトル部分だけ一緒に歌った。
前の記事でも書いたように私はシモ手側に陣取っていて、それは主にベースが観たい/聴きたいからなのだが、楽器隊で言うと立ち位置的には他にはキーボードとドラムがよく目に入る。キーボードのイカしたプレイがよく見える/聞こえるのも嬉しいが(それにしてもイ・ジョンミン大分痩せたんじゃないだろうか?)、驚いたのはチョン・イルジュンのドラムだった。バンド内で一番の若手ということもあってか(まだ20代後半と思う)、思った以上にプレイがダイナミックだし、技巧派っていうせせこましい感じでは無いながら細かいオカズをちょいちょい入れるのも私好みだし、全体的にハネたノリを持っているのも気持ち良い。若いしイケメンだしということでフロアからは黄色い声が飛んでいたが、実際非常に魅力的で、私は楽器隊の中ではベースと並んでドラムをかなり頻繁に観ていた。ただドラムセットの脇にセットリストの紙が貼ってあって、それを見てしまいたくない故に視線のやり場にはいささか困った。どうでも良いようなことだが。
この2曲が終わって、再びMC。韓国語で話して長谷川氏に通訳を頼む。曰く、「みなさん、ストーン・ローゼスってバンドご存知ですか。さっき演奏した曲はローゼスの影響を受けたものなんだけど、そう感じますか?」。困惑する観客を見て、ギハ「(日本語で)私だけがそう思っているようです」。
ストーン・ローゼスは名前は勿論知っているけれども曲は聴いたことがなかったので、とりあえず有名なファースト・アルバムを聴いてみたが・・・うーんどうでしょう。まず「さっき演奏した曲」というのは(「거절할 거야」ではなく)「등산은 왜 할까」だと思うけれど、まあ似た雰囲気の曲が含まれているような気もしないではない、くらいの感じかと私は思う。長谷川陽平が名著『大韓ロック探訪記』で、シン・ジュンヒョンやサヌリムの音楽について、「本人が愛好している音楽と、実際にその人から出て来る音楽とが全然違うので驚く。ギハからも同じことを感じる」というようなことを語っていたが(大意)、それを思い出した。
次いで、「以前、旅行に行った時に曲が2曲出来て、1曲は前作に入れてもう1曲は本作に入れた。ここで続けて演奏してみます」とのことで演奏されたのが次の2曲。
06. 나와의 채팅(5)
나와의 채팅 A Messenger Talk With Myself
07. ㅋ(4)
[EBS 스페이스 공감] 핫영상 장기하와 얼굴들 - ㅋ
どちらもチャットが歌詞のモチーフになっていて明らかな共通性があるので、ペアとして分かりやすいですね。「나와의 채팅」も良いが(これ意外とベースが動くんだよな)、やはり「ㅋ」には大いに痺れた。歪んだレゲエと言おうか。ベースとドラムが軸になって作られる沈み込むように重いグルーヴが、期待通り非常に気持ちよかったです。
面白かったのが、この曲が始まると観客が歌い始めたこと。歌メロではなく、イントロのベースのリフレインを歌うのである。日本のロックファンはあまりそういうことはしないと思うので(ホワイト・ストライプスの「Seven Nation Army」ぐらいになるとやると思うけど)、多分歌っていたのは韓国の観客じゃないかと思う。そう言えばこれより前のどれかの曲(「거절할 거야」だったかな)でもリフを歌っていた。新鮮で面白かった。
(つづく)