こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

椎名慶治『S (エス)』

 なんてったって椎名慶治なんだからそりゃあまあ期待はするが、その期待をびよーんと凌ぐ出来栄えで驚かされた新作アルバム『S』。本人のブログによると売り上げは「そこそこ」だそうですが、あんまり食い付きが良くないのでしょうか。ジャケットがちょっと気持ち悪いせいじゃないか? 内容的には、サーフィスや椎名慶治に好きな曲がある全ての人に聴いてもらいたいアルバムである。
 本作の何が良いかと言うに、アレンジと言うよりはむしろメロディー、そして歌詞でしょうね。とにかくメロディーが光りまくっています。歌詞はねえ、やっぱり応援ソングが良い。所謂「説教ポップ」が大嫌いな僕がどうして椎名慶治はOKなのか。やっぱりそれは言葉の使い方の問題ですね。椎名氏は言っちゃ悪いが全然頭良さそうに見えないが、言葉を選択する才能は確かにある。平均点を出すとそれこそ「そこそこ」なのかも知れないし、所謂「間違った日本語」も散見されるが、ちょいちょい凄いパンチを繰り出してくれます。本作も聞き所は幾つもあるが、個人的には最終曲「遮ニ無ニ」がピカ一である。
 良いアルバムだなー、なんで良いのかなー、と考えてみると、フと「ひょっとしてサーフィスっぽいか?」と思えた。サーフィスっぽさというのが具体的に何なのかまだ判らないのだけれど、これは、これまでのソロ作品では感じなかったことである。ポップスとロックの配合具合(バランス)が『RABBIT-MAN』なんかに較べるとサーフィス時代に近いのかな。あと本作のほぼ真ん中にある「フラット♭」、これは本人も気に入っている曲のようであるが、これがどうもサーフィスを思わせるんですね。その雰囲気が全体の印象に波及しているのかも知れない。
 とにかく良いアルバムで、ファンとしては非常に嬉しいです。


1. 僕等の中
 冒頭のこの曲でハッとさせられた。アルバムの一曲目にこんな切なげで、しかし力強い曲を持ってくるというのは、これまでのサーフィス/椎名慶治にはなかったと思う。これでアルバムの質に期待が高まった。好きな曲です。


2. いざ尋常に
 タイトルからは「年齢不showtime」のようなギラギラした曲調を予想していたのだが、意外にスッキリしている。でも格好良いです。曲想が何かに似ているなあと思ってちょっと考えたら、東京事変の「修羅場」だった。あれも時代劇?のテーマソングになっただけあってちょっと和風を感じさせるところがあったが、そういう所で類似が生まれたのだろうか。


3. お節介焼きの天使と悪魔と僕
 『I & key EN』に収録された名曲で、アレンジもそのまま。なのにこのアルバムに入るとまた違った雰囲気を放っている。同じ3曲目という位置でありながら、ロック色の強い『I & key EN』の中にあるのとポップス色の強い『S』の中にあるのとで聞こえ方が違うように感じられる。『I & 〜』ではソリッドな印象だったのが、本作に入るとポップネスが爆発しているように感じられるというか。面白い。


4. call my name
 歌詞はちょっと「でてくるなよ」を思い起こさせる。格好良いんだけど意外と書くことないな。


5. I still... -アイシテル-
 だっさいタイトル。アレンジも僕の好みではない(なんかエグザイルか何かみたいだ。エグザイルがいかんというワケではないのだが)。編曲は前曲と同じREOという人。そう言えば前曲も結構デジタルな感じだった。しかしメロディーは綺麗です。でももう一捻り欲しかったかな。


6. I Love Youのうた
 シングル曲ではあるのだが、『I & 〜』に入れたんだから「また入れるのか・・・」と思われた。と言うか『I & 〜』に入れなきゃ良かったんだよな。
 大体、また入っているとは言っても、本作に収められた既出曲はアレンジ違いの「byte × bite」を含めても4曲である。残りの10曲は新曲だ。『Phase』なんか既出曲が7曲で新曲は5曲だったもんな。まあその5曲を貪るように聴いたわけだけれども。
 ま、それはそれとして、これも非常にポップな曲なのでこのアルバムに入ったこと自体は良かったと思います。


7. フラット♭
 奥田民生かと思わせるイントロである。サーフィスに似ているから良いというつもりはないが、この穏やかな雰囲気は「らしさ らしく」や「リミット」なんかを思わせる。良い曲です。
 「フラッと」と「フラット」の掛詞を用意するくらいは椎名には造作のないことであろうが、そこへの繋げ方が上手い。1番の、
  ねぇ君は君らしくいますか その笑顔は本物ですか どうだい
  心から「はい」と言えりゃ最高のDAYS そうじゃないなら たまにはフラッとしよう
 というのは、まあ、言ってみれば普通であるが、それに併せた2番が
  ねぇ石橋叩きすぎた結果 己で壊しちゃいませんか どうだい
  どうせ砕くなら弱さも一緒にどうぞ 僕の分も頼むよ フラットにしよう
 となるのには舌を巻いた。石橋を叩くという比喩が「フラット」を見事に導いている。


8. これからも
 バラード。これもメロディーは良いんです。でも良いメロディーのバラードはソロになってからも何曲も出しているんですよね。「ヤワじゃないだろう」やら、「いまさら好きだと伝えちゃダメかな?」やら。だから、この「これからも」も確かに良い曲なんだけど、「既にあるよな、こういう曲」と思ってしまう。してみると、サーフィスにおいてバラードが結構バラエティーに富んでいたのは、永谷の力が大きかったのかなと思える(「as ever」なんかも永谷の曲だったしな)。バラードの処理は今後の課題と思う。


9. 愛のせいじゃない 愛は関係ない
 このアルバムの中で一番「期待させる」タイトル。こういうタイトルが叩き出せるセンスが今なお椎名にあるというのは昔からのファンとしては嬉しい。「自業自得なんでしょう」なんて歌詞もいかにも椎名節である。
 曲は派手さには乏しいので一聴すると「もうちょっとパンチが欲しかったかな」と思うのだが、何度も聴いているとジワジワ来ます。「愛に八つ当たりしたって戻れない」って良い歌詞だなあ。この部分のメロディーもキャッチ―である。


10. lo0p
 暮れのライブで、作曲の石垣愛(このヒトはマッドカプセルマーケッツのギタリストだったんですね)と編曲の岸利至をゲストに迎えて披露された曲。確かに格好良いサウンドだったのですが、その様子を見ながら、なんとなく親友が「ワルイ先輩」と付き合いだしてしまった・・・という感じのうろたえも無いではなかった。ま、音源ではそういうことを気にせず聴けるので良い。
 2番後での間奏が格好良いですが、結構洋物ロックのスタンダードなアレンジで、今までのサーフィス/椎名作品にはなかった色合いである。
 歌詞のテーマは「ガブッ!」と大凡おんなじでしょう、多分。1番サビで「自分本位」という言葉がでてきて、2番Aメロですぐさままた同じ「自分本位」が出てくるというのがカッコイイなあと思ったのですが、曲中に何回も出てくるんですね。2番サビの「自分本位が螺旋状に天国まで届けばいい それを見た君が『一緒に行きたい』なんていい」っていうのが良いですね。


11. byte × bite -type S-
 これは凄く面白い曲である。
 初出である『I & 〜』ではデジタル一本で行き、これも新境地という感じで好感触だったのだが、その直後のインストアライブでは真逆のアコギ主体で、ビシビシとビートを決めまくる物凄く格好良いアレンジで披露してくれた。これは音源になっていないのが本当に残念。次いでその後のツアーでは、高テンションのバンド・アレンジで披露され、これまた良かった(これはDVDになった)。
 そしてこのアルバムでは、最初のデジタル路線とツアーでのバンド・アレンジを折衷したようなアレンジになっている。つまり披露する度に形を変えて、しかもそれぞれに刺激的なんですね。というワケでこのバージョンも良い。
 Aメロ後半で、バンッ、バンッと2発ビートが入って、その後2拍休んで四分音符で4発入る。この手法が僕は大好物なのでやってくれて嬉しい。


12. 駆け出しのヒーロー
 これはちょっと単調な感じでしょうか。相変わらずメロディーは良いんだけど(でもまあサビなんかは割とありがちかな)、アレンジのせいでちょっと起伏がなくなっているというか。
 でもBメロ、特に1番の「やっぱり怖くなって 悔しくて泣いたっけ」というところは良い。
 

13. ハッピーロンリーライフ
 『I Love Youのうた』のカップリング曲。これは確かに綺麗な曲なので、アルバムに入れてくれたのは良かった。ただこれもやはり只の「綺麗」からもう一歩出てほしかったなあーという椎名ソロ作共通の問題は抱えているように僕には思われる。
 季節感を出した曲を今まで出してこなかった中で、この曲ではクリスマスと明言していて云々と、椎名本人がどこかで述べていたが、それよりも重要なのはむしろ「今年のイルミネーションは少し控えめだね」だろう(この曲の初出は2011年)。これはなかなか衝撃的だった。先の震災を説教臭くも嫌みにもならず取り込んだこのフレーズは正に文学的と呼ぶに相応しい。


14. 遮ニ無ニ
 この曲は聴く度に泣かされる。僅か3分20秒のポップ・ソングであるが、素晴らしい人生讃歌であると思う。
 「なにしてんの」の1番Bメロや「アイムファインセンキューアンジュー?」にも泣かされるが、それをも凌ぐ(かも知れない)出来である。只、この曲は昨年暮れのライブや、このアルバム発売日前日の渋谷でのライブでも聴いたのだけれども、その時にはサビ後半の「走れ遮二無二」というところのメロディーが良いなあというくらいで、それほどピンと来なかった。アレンジなんか、僕が好きでない「そこに正座」なんかと大差ないし、もっと意外性のあるフレーズをくれ!と言いたくなるようなところがある。
 しかしアルバムでは一聴目からビビッ!!と来た(古いね)。やはり歌詞がよく聴き取れるからであろう。この歌詞が、もう「そこに正座」なんかとは段違いに良いのだ。
 特に沁みるのが2番Bメロ。
  要領のいい上っ面の薄っぺらになりたいな
  やっぱ遠慮します
 ここが堪らん! 「薄っぺらになりたい」という意志も軽薄で、それを次のフレーズであっさり否定(というか撤回)するのはもっと軽薄なのだが、その軽薄さを軽薄に否定することによって人生へのマジメさを示すという・・・まあ理屈はいいんだ。泣けます。
 サビの「365日戦う西向くサムライ」ってのも良い。最初、「西向く」というのは単にサムライを導く「序詞」と思っていたのだが、実は直前の「陽はまた東に昇り」に対応しているんですね。気が利いている。
 Cメロに続く「・・・なんですが 人を妬んでみたり 憧れて嫌ってみたり」という部分、まあ展開としては他でも見たことあるような気がするけれども、ここも泣かせる。
 なおタイトル中の「ニ」は2つとも漢字ではなく片仮名だそうです。