こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

「顔たち」解散

大変残念なニュースが入った。なんと、あの「チャン・ギハと顔たち」が、この年末を以て解散するのだという。

・・・と言っても大方の人には「それ、誰?」であろう。説明しよう。「チャン・ギハと顔たち」は韓国のロックバンドで、韓国語ではチャンギハワ・オルグルドゥル(장기하와 얼굴들)という。チャン・ギハはバンドの中心人物の名である。2008年のデビューは韓国社会に鮮烈なインパクトを与えたそうで、大韓ロックの伝統を承けつつも無二の個性を放つバンドとして、今まで人気を博してきた。だから今回のニュースは、日本で言えば「くるり」が解散するくらいの感じだと思う(多分。韓国のロック事情に詳しい方、もっと適切な例があれば御教示下さい)。

最初の2枚のアルバムは日本盤もリリースされ、来日公演も何度か行なっているのだが、誠に残念ながら今のところ日本での知名度はごくごく低く(私自身、彼らのことを知ったのは全くの偶然だった)、日本のネットメディアで今回の解散を報じているのも韓国文化関係のサイトだけのようだ。

しかし個人的にはこの数年最も熱心に聴いてきたバンドの一つであり、日本でももっともっと知られて良いバンドだと思うので、甚だ微力ながらここで紹介することで少しでも振興を図りたい。尤も、バイオグラフィーについてはウィキペディアなどで充分情報が得られるので、ここではYouTubeで聴ける/観られる楽曲を元に入門リストをお示しすることで、音楽ファン諸兄の視聴に供したい。


チャン・ギハと顔たちはこれまでに4枚のアルバムを発表しているので、ここでもそれらのアルバムに沿って、数曲ずつ紹介していく。


(1)『별일 없이 산다(何事もなく暮らす)』(2009年)
本作収録のデビュー曲が当時の韓国社会に大きなインパクトを与えたという。それがこの「安物のコーヒー(싸구려 커피)」である。
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語りのようなラップから歌メロに戻るところなど、歌詞が分からなくても痺れる格好良さだ。
この曲からも窺えるように、フォークの色合いが比較的強いアルバムだが(とは言うもののバリエーションは豊かである。初期プログレっぽい曲などもある)、実はこれは本作だけの特徴で、次作からは雰囲気が大きく変わる。チャン・ギハ自身の弁では、まだバンドとしての体裁がしっかり整っていなかったためにこのようなサウンドになったとのこと。
個人的には上の「安物のコーヒー」よりも強い衝撃を受け、ファンになるきっかけになったのが次の「何事もなく暮らす(별일 없이 산다)」である。
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サウンドも格好良いが、それ以上に歌詞に痺れまくった。ぜひ上記動画の字幕で確認してほしい。「ごあいにく様」という感じが実に痛快だし、こういう特定の相手(しかも敵対する?)に語り掛ける曲って日本のロックでは珍しいので、新鮮に感じる。
捨て曲ナシと言っていいほどに良い曲がいっぱい入ったアルバムなのだが、ここではあと1曲だけ紹介。「本当にいなかったのか(정말 없었는지)」という曲である。
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どことなく奥田民生っぽい曲。トボけた感じがありながらも非常に美しい。


(2)『장기하와 얼굴들(チャン・ギハと顔たち)』(2011年)
前作のヒットを受けての第2集。セルフタイトルであり、自信の程というか、「やっとやりたいことができた!」という気持ちを感じる。実際、トータルの完成度ということでは本作が一番かも知れない。その一曲目がこれ。
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「何をそんなに驚いてる(뭘 그렇게 놀래)」。空白を活かしたスタイリッシュなロック・サウンドで、曲自体もめちゃくちゃ格好良いのだが、何より歌い出しの歌詞が「何をそんなに驚いている、俺がやるとなったらやる人間だって知らなかったのか?(뭘 그렇게 놀래/내가 한다면 하는 사람인 거 몰라?)」というのが凄い。大成功したアルバムの次の作品の冒頭でコレですよ。最高にクールではないか。
次いで二曲目。「いわゆるそういう仲(장기하와 얼굴들)」。
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いわゆるリードトラックというのか。タイトルだけ見ても、歌詞に特色があるバンドなのだということがお分かり頂けよう。チープなキーボード(上記はライブ映像だが、オリジナルの音源だともっとチープ)が鳴ったキッチュサウンドで、疾走感もあり、前作からの変化を否応なしに感じさせる。


(3)『사람의 마음(人の心)』(2014年)
第3集。残念ながら本作以降は日本盤リリースされず。サウンド的には、ニューウェーブっぽかった前作に較べると歪んだギターが増えてロックっぽさが増した印象だ。
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「僕の人(내 사람)」。いやー格好良い。前作のスタイリッシュな格好良さとはまた違ったムードである。コード一発でありながら単調にならずガンガン盛り上げてくれる。童話か神話のような実験的な歌詞にも注意したい。
同じくビデオが作られた、「좋다 말았네」。
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これも超格好良い! なおよく聴くとメロディーがかなりレッチリっぽい。曲の全体的なイメージは全然レッチリっぽくないので、換骨奪胎という印象。
あと、ここには敢えて挙げないがアルバム後半にある「알 수 없는 사람」という曲が私は大好きだ。最高にテンションが上がる。


(4)『내 사랑에 노련한 사람이 어딨나요』(2016年)
これが現時点での最新アルバム。前作に較べるとロックの激しさは減ったように思うが、第2集とも第3集ともやや違った雰囲気である。
何と言っても白眉は「落ちるには落ちたよ(빠지기는 빠지더라)」だろう。ビデオも面白い。
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これは曲自体も最高に格好良いが、やはり歌詞が見逃せない。曲だけ聴いていると実に爽快っぽい感じなのだが、歌詞に注目すると見えてくるのは、爽快になろうとしてもなれないもどかしさなのだ。
「The Smell's Gone」という英題が付いているが、実は曲名の「빠지기는 빠지더라」とは、日本語で言うと上記のように「落ちるには落ちたよ」というニュアンスのようで、この「には」が超重要。つまり、恋人と別れて一人暮らしになり、気持ちを切り替えようと思って部屋中に消臭剤を掛け(全くの余談だが、最近になってこの曲は韓国で「ファブリーズ」のテレビCMに起用された。メンバーも出演)、窓を開けて、そんで数日したら、恋人の匂いは「落ちるには落ちたよ」、ということなのだ。
つまりそこには、匂いは落ちたけれどもそれでもなお残っているものがあるということがハッキリと暗示(というのは言語矛盾だろうけど)されている。「匂いが落ちない」ということで未練を語るのではなく、「匂い落ちたけどさ」という方法でそれを語る。本当に驚くべき才能だ。
この曲もそうだけど、本作は「上手くいかない(いかなかった)恋」がテーマとなった曲が多いようだ。上の「落ちるには落ちたよ」の他にビデオが作られた「ク(ㅋ)」と「最も美しい歌(가장 아름다운 노래)」も、やはりそう。「ク(ㅋ)」がメールの文面という極めて現代の日常に即したモチーフによる歌詞なのに対して(「ㅋ」は笑いを表すネットスラングで、日本の「w」に当たるらしい)、「最も美しい歌」の方は逆に日常性・時代性を一切排した童話のような歌詞である。でもどっちもすごく哀しい歌詞です。
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以上4枚に加えて、もうすぐラスト・アルバムとなる第5集『mono』が出るとのこと。そこに含まれるであろう新曲が先日公開された。
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曲名は「初心」であるが歌詞の内容は「初心なんか犬にでも食わせてやれ」というものだそうです。いやーカッチョイイですね。


以上、甚だ簡単ながらチャン・ギハと顔たちの曲たちをご紹介した。ピンと来る曲があれば、ぜひぜひ聴き込んでもらいたい。