こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

地獄でなぜ悪い

 去年の9月の記事で、小野洋子の新作『Take Me to the Land of Hell(地獄の果てまで連れてって)』がなかなか良さそうだと書いたが、視聴したきりで買わないでいたのが、図書館で予約してあったものが来たので聴いてみたところ、予想を上回る傑作だったのでビックリしてしまった。これは凄い。
 サウンドは、息子のショーン・レノンを中心に、チボ・マットの本田ゆか、コーネリアスといった若手(・・・でもないか)がメインで作っているのだと思うが(ビースティー・ボーイズザ・ルーツのクエストラヴなんかも参加)、それによってばっちりロックとして聴ける作品になっている。そしてその音像の中で歌い、叫ぶ小野洋子が凄い。まじで80歳とは思えない。
 ロック的に判りやすい楽曲は、ショーンとレニー・クラヴィッツ(!)の多重録音がバックを務める「Cheshire Cat Cry(笑い猫が泣いている)」であろう。

 そして歌詞が良い。詩人としての小野洋子は、ジョン・レノンの「Imagine」に直接的な影響を与えたことで知られる詩集『Grapefruit』などによって知らないではなかったが、改めて歌詞を見ながら聴いてみると、ハッとさせられるところが多かった。英語が得意でない方は絶対に歌詞や対訳を見ながら聴いた方が良いです、これは。フレーズの内容も魅力的だが、英語という言語の美しさも感じさせてくれる。日本人が日本人に英語の美しさを教わるというのも、妙な話ではあるが。
 それはともかく、例えば上記の「Cheshire Cat Cry」の冒頭はこんな歌詞である。


  I’m rolling in your dreams
  Listening to your screams
  The memory is covered by the rain of pain
  The boat will float
  to end of seas
  Taking your memory of pain


  あなたの夢の中で私はのたうつ
  あなたの叫び声が聞こえる
  記憶は痛みの雨に覆われて
  あなたの苦しみの記憶を乗せた船は
  海の果てまで流されていくだろう


 訳文は日本盤に収められた対訳を引用した(以下同様。併記した邦題も日本盤にあるもの。訳者名が記されていないので、これらは小野本人によるものであろうか)。このように「あなた」を深く鋭く見つめた、直接的であったり抽象的であったりする歌詞が多いが、その中にも、


  "We the expendable people of the
  United States
  Ask for the violence to disappear"


  「我々、アメリカ合衆国政府から無視された人間は、
  暴力が消えることを願う」


・・・のような、70年代初期のジョンの楽曲を思わせるようなフレーズも時折飛び込んできて、これも刺激的である。
 「Tabetai(食べたい)」という曲は、直接的には「色々なものが食べたい」ということを歌っているだけの曲なのだが、終盤に


  There's nothing to eat
  Let's go to another country


 というフレーズがあり、文明批判の歌かなとも思わせる。
 もう一曲、「7th Floor(7階で)」という歌の冒頭部を御紹介。


  I was standing on the 7th floor
  And saw a body on the pavement
  Is that me?
  The one I’m looking at, from the 7th floor
  I rushed to the elevator, that was very slow
  I noticed I was naked with only my scar(f)


  7階に立っていた
  歩道に死体があるのが見えた
  あれは私カナ?
  この7階から見えている死体
  急いでエレベーターに乗ったけど降りるまでに時間がかかった
  裸でスカーフ(傷)だけの自分に気が付いた


 夢の描写のような、ミステリー小説(あるいは不条理小説?)のような語り口が格好良い。「I rushed to the elevator」ってのが特にいい。「scar(f)」というのは、scar(傷)とscarf(スカーフ)との発音上の近似にひっかけているということなのだろう。
 タイトル曲の「Take Me to the Land of Hell (地獄の果てまで連れてって)」も素晴らしい。
 

  Blood River
  Blood River
  Take me to the Land of Hell
  Where you and I meet soul-to-soul
  To never be apart again


  血の川、血の川、
  地獄の果てまで連れてって
  そこでは私たちは魂で繋がっていて
  二人はもう二度と離れない (拙訳)


 地獄というものを「二人が二度と離れない場所」として設定して、そんなところなら是非連れて行ってくれと述べている。凄まじい。そしてなんだか、平安時代の恋の和歌にも通じるところがある発想だとも感じられる(例えば「忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな」のような)。


 さてこのように、アバンギャルドなイメージの強い小野洋子であるが、意外にも非常にストレートなラブソングを歌ってもいる。素敵な曲が幾つも収められているのだが、とりわけ心動かされた「There's No Goodbye between us(わたしたちにさよならは無いんだ)」(これは結構昔に書かれた曲のようだ)の冒頭部を以下に掲げる。


  Made up my mind to say goodbye
  And went to the park for the last time
  But when I saw your eyes
  I knew for the first time
  That there's no goodbye between us


  There's no goodbye
  There's no goodbye
  There's no goodbye between us


  別れようと心を決めて
  公園まで行ったらば
  そしてあなたの瞳を見たとき
  初めてやっとわかったわ
  私たちに「さよなら」は無いことを


  「さよなら」は無い
  「さよなら」は無い
  私たちの間に「さよなら」は存在しない

 これも実は、先述の「Take Me to the Land of Hell」を甘く言い換えただけなのかも知れないが、何にしても素敵な歌だと思いませんか?


 そんなアルバムなので、これはぜひ買わなくちゃと思っているのだが、一つ問題があって、輸入盤を買うか国内盤を買うかである。輸入盤の方が1000円ほど安い。国内盤は、歌詞対訳、ボーナストラック1曲、そしてボーナスディスク(盤面の絵画は横尾忠則!)がついている。こんだけ付いていてプラス1000円ならむしろお得じゃないか、と思うかもしれないが、僕はこのボーナスディスクが全然要らないのだ。3分弱、小野が延々唸ったり叫んだりしているのが1曲(?)収められているだけのディスクである。いくら盤面が横尾でも要らない(僕は)。

 じゃあ輸入盤を買えばいい、ということになろうものだが、そうもいかない。何故なら国内盤のボーナストラック「Story of an Oak Tree(樫の木の物語)」が凄く良い曲だから。タイトルからも窺えるように、絵本を読んでいるような気分にさせられる、美しい詞です。


  I'm a strong oak tree
  Like my father used to be


  私は強い樫の木だ
  お父さんがそうだったように


 このフレーズだけでも泣けるじゃないか。でもこれは輸入盤には入っていないみたいなんだ。うーん、しょうがないな・・・。本当に要らないんだけどな、ボーナスディスクの方は・・・。