茶番
「こんな文化早く消えてしまえばいいのに」と感じるモノは、敢えて口には出さないまでも誰しも幾つかは持っているのではないか。例えば今の時期ならば「年賀状なんて文化はさっさと無くなればいいのに」と思っている人は結構いるだろうし、逆に「メールを年賀状代わりに使うのはやめるべきだ」と思っている人も多いであろう。
僕の場合、「さっさと無くなればいいと思う文化」の筆頭に上がるのがテレビのバラエティー番組のウソ歓声である。例の「スタッフの笑い声」も結構イライラすることがあるがメインはやはり観客のものであって、ショッキングなシーン(正確には、制作者側がショッキングに印象づけたいシーン)での妙に声の揃った「えぇ〜・・・」や、出演者が何か豆知識めいたものを披露した時の「へぇ〜・・・」などのワザとらしさは、どうして2012年にまでなってこんなモノ見せられにゃならんのかとホトホト情けない気分にさせられる(見なきゃいいのだが)。
特にイライラするのが「ものまね歌合戦」系の番組におけるそれであって、これは出演者(審査員)の唸り声(「いやあ上手いなあ〜」の類)もわざとらしくて結構腹が立つのだが、何よりも歌い出し数秒後の妙ちくりんなタイミングで聞こえてくる観客の拍手と歓声とのわざとらしさには憤りを禁じ得ない。とんだ茶番である。しかも、明らかに今の若者が知らないような曲(例えば元ビジー・フォーの連中によるオールディーズのモノマネ)でも同じような歓声が聞こえてくるのだ。お前ら原曲知らんやろ、と突っ込みたくなる。若者が昔の曲を知らないのは当然だから一向に構わないが、それならウソの「似てる!」歓声を上げるのはやめてくれ。
そんなこんなでイライラさせられるモノマネ歌合戦なのだが、実はそもそもこのテの番組を普段は見ない。モノマネの定番である「最近のヒット曲」は知らないものばかりだし、もう一つの定番である「昔のヒット曲」だって知っている曲はそう多くないし、知っている中でも好きなものはごく一部だからである。そんなもの見ても似ているかどうか判らないんだから面白いはずがない。全員ピンク・レディーと山口百恵と沢田研二のモノマネしかしないというなら見てもいいです。
と言いつつも、昨日の「ものまね王座決定戦」は一部分、偶然に見てしまった。タイムボカンの登場人物を延々真似るやつなんかは割と面白かったが、驚かされたのが清水アキラである。影武者Xなる二人組がX JAPANの「Forever Love」を歌ったのに対して、清水は井上陽水の大傑作「氷の世界」を歌うというのでこれは見てやろうと思ったわけだが、これがまあ、顔はともかくとして歌がビックリするくらい似ていないのだ。「どのように似ていないか」を説明する術を知らないことをもどかしく思うが、ともかく「似せようとしている」ことが辛うじて伝わる程度のレベルで、決してプロを名乗れるものではなかった。
しかしながら例のウソ歓声はやはり鳴り響いていた。
そして猶も恐ろしいことに、清水は、影武者Xに「勝って」しまったのである。影武者Xにそれほど感心したわけではないが(歌唱にやや難があった)、でもまあ声は確かに似ていたと思う。少なくとも「より本人に似ている方を勝者とする」というのがこの番組のルールであるならば、影武者Xの勝利は明白であった。僕が知らない他のルールが存するのだとすればまあ話は別であるが。
しかし、清水アキラと言えばテレビをあまり見ない僕でも知っているくらい有名なモノマネ芸人なわけだから、むしろ「ひょっとして今の井上陽水ってこんな風に歌うのか?」とまで疑って、YouTubeで井上本人の「氷の世界」の近年のライブ映像を観たのだが、当然ながら陽水はやはりどこまでも陽水であった。本当にカッコイイねこの曲は。
さて今度は「世論」がどうなっているかを知りたくてヤフーの「リアルタイム検索」とかいうのでツイッターの状況を見てみたら(便利ですねしかし)、さもありなん、非難囂々の嵐であった。
中には「単に本人ソックリであるのとモノマネとして優れていることとの間には違いがあるのだ」というような意見もごく稀に見られたが、確かに「そっくりさ」よりも「デフォルメの妙」で魅せるという芸風があることは認めるものの、清水の「氷の世界」がそれに該当するものであったとは到底思えないのである。
やはり「茶番」であったと言わざるを得ない。番組の一部しか見ていないので断言する気は無いが、演出(歓声の入れ方)も茶番、勝敗決定方法(要するにこれも演出の一部だろう)も茶番とあっては、健全な視聴者は絶対に着いてこないよ、と小さい声ながら申し上げたい。ひょっとして世間的には「今更」な話なのかも知れないが。