こんなんだったっけ日記

さよなら はてなダイアリー

レーピン展2

 そんなわけでもう一度行って来ましたレーピン展。混雑を避けて午前中に。それでも結構人は入っていましたが、まあほぼストレスなく観られた。
 勿論内容は昨日と同じだが、何度見ても不思議なのは、ぎりぎりまで近づくと色が塗りたくってあるだけなのに、ちょっと距離を置くとどうしてあんなに鮮やかな像が浮かび上がってくるのであろうか。そしてまた、その鮮やかさが発揮されるための「距離」というのが、作品によって少しずつ異なるのがまた面白い。
 具体的に挙げていくと(作品名はあくまで今回の展覧会用のものなのであまり役に立たないかも知れないが)、「休息」(前の記事にも述べた、奥さんの肖像)、ロウソクの光の表現が素晴らしい「夕べの宴」、夕方の田舎の風景に心奪われる「鉄道監視員、ホチコヴォにて」(これは一番良かったくらいなのだが、どうも図録に載っていないみたいだ)、決定的瞬間を見事に捉えた「思いがけなく」、人物が飛び出してくる「巡礼者たち」、何とも言えず陰鬱な「懺悔の前」、非常にエロチックな「ゾフィー・メンターの肖像」などに特に惹かれた。有名な「ヴォルガの船曳き」の別バージョンも非常に面白かった。また、この「ヴォルガ」を描くに際して描かれた渓谷のデッサンの上手さに驚愕。僕なんかずっと美術の成績が5段階で3だったので(要するに授業には真面目に出ていたが能力は全くない)、こんなものを見せられても人間が描いたとはちょっと信じがたい。

 あと、以下は絵そのものとは無関係ながら、肖像になっていたコンスタンチン・コンスタンチーノヴィチ(冗談みたいな名前だが、コンスタンチーノヴィチは姓ではなく父称というやつ。つまりお父さんの名前もコンスタンチンだったわけだ)という人は、説明書きによると軍人である上に詩人、また脚本、作曲をこなし、俳優でもあり、英仏の翻訳もしたという。いけ好かない奴だと思った(顔もいけ好かなかった)。
 また、その隣で肖像画になっちていたセザール・キュイという人は(なんかアディダスのジャージみたいなズボンを穿いていた)、ロシア5人組に数えられる音楽家である一方で軍人でもあり、また堡塁建築(堡塁〈ホウルイ〉は「敵の攻撃を防いだり、敵を攻撃したりするために、石・土砂・コンクリートなどで構築されたとりで」〈日本国語大辞典〉。初めて聞いた言葉だ)の著書もあるという。みんな凄いね。
 ところで、自宅で専門書なんかを寝そべって読んでいる時に「こんな格好で読んでていいのかな……」と思うことがあるのだが、かのトルストイがソファーで横になって本を読んでいるデッサン(トルストイの絵は3枚あったが、これが一番良かったと思う)を見て、ああ寝ながらでもいいんだ、と安心したことであった。